第1回 室内の空間知覚
普段、目の見える方たちは部屋の広さや奥行きを目で捉えています。
たとえば旅行先でホテルに入ったときなど、ぐるりと周囲を見回して壁と壁の間の幅、天上の高さ、奥行きの深さなどを理解します。
私の場合は音の反射でそれらを判断します。
部屋の中ですから、自分の声や足音が壁に当たって反射します。その跳ね返ってくる音の変化を聞いて部屋の間取りを知覚しています。
壁の幅が狭かったり天上が低いと、反射した音が体の両脇や頭上のすぐ近くで聞こえます。
逆に壁や天上の間が広く空いていると、音が少し遠くから聞こえます。
このように、反射する音の微妙な違いで、室内の空間の広さを捉えています。
第2回 屋外での事物の探索
私は外を歩くとき、白杖(はくじょう)と呼ばれる杖を使用しています。
杖を通して、地面の凹凸を確認したり道路上の障害物を回避したりすることができます。
しかし、耳から入ってくる音も歩行には大きな助けになっているのです。
車音を聞いて道路がどちらに走っているか確かめることができます。また、お店から流れる音楽によって、繁華街でどちらに進めばよいか道しるべにしています。
でも、それだけではありません。
杖を突きながら歩いていると、ビルなどの大きな建造物に音が反射します。それが建物に入る際にとても大きな助けになるのです。
建物の位置を把握するのに役立つのはいうまでもありません。その建物の横に路地があったり駐車場があったりすると、そこで音の反射がなくなって空間が開けたように感じます。初めて訪れるお店ではそのようにして入り口を探り当てて、わりとすんなり店内に入っています。
それから、夜の暗い道で電柱を避けるときにも聴覚を使います。
一瞬靴音が「何か」に当たって跳ね返ります。そこで立ち止まって手で確認すると、電柱や細い街路樹などがあるわけです。私自身、「コウモリみたいだ」とつくづく思ったものです。さすがに形状までは捉えられませんが…。
第3回 耳印あれこれ
私たちは日常生活の中で、身の周りにあるものを目印にしています。
それは建物だったり山だったり、あるいは自分の好きな色だったりします。
私は目印ならぬ「耳印」(みみじるし)を使っています。耳から入ってくる音を手がかりにしているのです。それは周囲にあるなにげない音です。
今回はその中から幾つかご紹介しようと思います。
道の端に設置されている自動販売機や工場のモーター音。だいたいいつも音が鳴っています。そこから何メートル行くと道路がある、建物があるというように見当がつけられます。
階段での足音。上りのときには一段一段踏みしめるように上がります。音がゆっくりになるので、構造の複雑な駅でホームへの階段を見つけるときに役立ちます。
お店でのセールスの声。初めて一人で行くお店では、この声を聞いて洋服屋なのか100円均一ショップなのか、などと判断しています。
山での風の音。ザワザワ音がすれば林、ヒューヒューと通り抜ければ道が続いています。狭い山道を登っていて、疲れたころに助かっています。
そして、駅改札付近で鳴っているチャイム。大きな駅にはたいていあるでしょうか。耳を澄ますと、「キーン、コーン」とゆっくり繰り返しています。これは近くに改札口や階段があることを知らせているのです。
最後に、皆さん一人ひとりの声。髪形や表情が人を見分ける目印であるように、私たちは声によってどんな人か、誰なのかを確認しています。
視覚障害者を見かけたら、ぜひ声をかけて下さい。
第4回 効果音が教えてくれる?
私は、よくドラマやアニメなどを見ていたものです。
そこで使われている効果音はいろいろ工夫されています。画面を見ながら聞くと、臨場感があります。
一人きりでテレビを見るというのは、私にとってはラジオを聞くのと同じ感覚です。ラジオドラマを聞いているのと似ているかもしれません。
そのため、効果音が場面の状況説明をしてくれているといってもよいでしょう。
車の騒音があるかないかで、そこが外なのか建物の中なのか判ります。
電車が「パーン」と警笛を鳴らしながら通ります。その直後に「ガタン、ガタン」と車内の音に変ります。すると、「ああ、今の電車に乗ったんだ」と判ります。
電話の音や書類をいじる音がすれば、だいたい会社のオフィスの場面です。
医療機器の音がしていれば、そこは病院です。
火がパチパチと暖かそうに燃えているのが聞こえれば、時代劇のお城の広間。
アニメでも同じように判断しています。
「ウーー」と低くうなるような風の音なら、荒野のように荒れ果てた場所。
コンピューターの動く音がすれば、宇宙船などの司令室やコントロールルームの場面でしょう。
場面が切り替わり、ドラマの声優さんやアニメのキャラクターがしゃべり始めるまでの時間。
その時間に効果音がその時々の状況を教えてくれるというわけです。
もちろん誰か一緒に見ている人がいれば、その人に伝えてもらうのが一番ありがたいのは言うまでもありません。
第5回 音とイメージ
今回はちょっと視点を変えて、音とイメージについてお話したいと思います。
私は昔から読書が好きです。
最近では、特に、小説など長編物をよく読みます。
本を読みながら、私の頭の中では様々な音が鳴っています。いろんな音をイメージしているのです。
せりふの部分は、大人か子どもか、男性か女性かによって適当に声を割り当てます。
そして、同じ人物ならだいたい同じ声を想像しています。
背景となる場面にも音を設定しています。
夏の場面ならまずセミの声です。
冬の海なら、荒々しい波の音が聞こえます。そこにたまたま漁船の話が出てくれば、エンジンの「カタカタ」という音が入ってきます。
興味深いのは、これらの音を自分の周囲で聞こえているようにイメージしていることです。
本を読んだり夢を見るとき、通常私たちは「俯瞰」といってその場面の外から、あるいは一歩離れた位置から客観的に眺めています。
私の場合、どうもこの「俯瞰」がないようです。
いつもその場面の中にドップリとつかっているように思います。
だから、まるでその場所に実際にいるような感覚で音が想像されるのかもしれません。
たとえば、二人の人が話をしているとします。
私は二人から少し離れた位置から、(邪魔にならないように)静かに二人の会話に聞き入っているという感じでしょうか。
最後に、せりふや場面場面での効果音は、テレビやラジオのドラマを参考にすることが多いです。
本を読み進めながら、自由に人物の声や背景の音を選んでいます。
これはたぶん無自覚的にやっているんでしょう。でも、なかなか楽しいものです。
そして、音はけっこう目まぐるしく変化させています。
もしかしたら、私は少しせっかちな「音響係」なのかもしれません。
第6回 人の声から表情をどこまで読み取れるか
私たちは人と会話するとき、相手の表情から様々な心の変化を読み取っています。
楽しい話をしているとき、顔は自然に笑っています。
真剣な話をしているときは、まっすぐに空いての目を見ています。そして、視線も合わさっています。
目が見えない場合、どのようにしてこれらの表情を「見て」いるのでしょうか。
私は相手の声の調子からそれを読み取っています。
楽しい話なら明るい声が聞こえてきます。
真剣な話をしている人からはまっすぐな声が出ています。これは、他のことは考えていない声といえばいいでしょうか。純粋で混じり気がない声というのがぴったりかもしれません。
このように普段の会話の中で、人の声を聞いただけでも相手がどんな顔をしているのかだいたい判ります。
目が見える方だって、これと同じことを体験していると思います。
たとえば久しぶりに誰かに電話したとします。
相手の人が元気か疲れているか、その人の声からおおよそ判るでしょう。
目が見えない人が人と話をするときには、そのようにして判断していると考えていただければいいでしょう。
問題は複雑な表情をしているときです。
「顔は笑っているけれど目は笑っていない」という表現がありますね。そんな表情をしている人の声はやはり笑っているんですね。
そういう場面に出会ったら、やはり盲人でも怖さを感じます…。
まだまだ例はありますが、やはり複雑な気持ちを表している表情というのは声からはなかなか読み取れません。
最後にひとつ、私自身の表情についてお話します。
以前友人から、私は笑う顔はできるけれど怒った顔はできないと言われました。
私はよく笑うと言われます。実際やってみると、ちゃんと笑った顔になっているそうです。
怒った顔がどんなものかは人に聞いたり本を読んだりして一応イメージはできているつもりでした。
そこで、その人の前であらためて怒った顔を作ってみました。ぜんぜん「怒っていない」のだそうです。「怒っているか判らないよ」とも言われました。
普段の生活の中で、私はあまり怒らないほうだと思っています。
怒った顔を作ることが少ないと、そのようにしようとしてもなかなかできないのかもしれません。そんなことを感じたエピソードでした。
第7回 耳からの漢字学習?
私はパソコンで文章を作成したりメールを打ったりすることが多いです。
初めて私からのメールを受け取った人から「どうやって漢字を選んでいるんですか?」と聞かれたことがありました。
私は、画面の文字を読み上げるソフトを使っています。一般的に「スクリーンリーダー」と呼ばれています。
普段文章を書く場合、漢字変換候補を一文字一文字聞きながら正しい文字を選んでいます。
たとえば、平仮名で「きく」と書いてスペースキーを押します。すると、
『聞く・ぶん、平仮名・く』
『耳辺の聴く・ちょう、平仮名・く』
『花の菊』
など、画面に出てくる文字を順に読み上げていきます。漢字一文字について音読みと訓読みを言ってくれます。そのおかげで、確実に変換したい漢字にたどり着けるように工夫されています。
(区別しやすいよう、音読みと訓読みの間には中点を入れました。また送り仮名の前には読点を付けてあります。しかし実際の読み上げはもっと滑らかで、あまり間はありません)
送られてきたメール本文の文字も同じように読んでくれます。
地名や人名など初めて見る場合は、間違えないように特に気をつけています。
たとえば、苗字に出てくる「さわ」でも、簡単な「沢」と難しい「澤」があります。簡単なほうは『沢のたく』、昔の字は「沢の旧字』と読み分けてくれます。それで、相手のお名前にどの漢字が使われているのか知ることができます。
このようにして、自由にメールを読んだり文章を書いたりすることができます。
そんなとき、よくこう思うんです。「漢字って新鮮だなあ」と。
以前に友人の一人にこの話をしたら、「見えていると、当たり前になっちゃうからねえ…」と言われました。
目が見える方は、毎日の生活の中で嫌でも漢字が目に飛び込んでくるといいます。それで、パソコンや携帯電話を使ってメールを送るときも、当たり前に漢字変換をしているのではないでしょうか。
私が画面を読み上げる声を頼りに漢字と向き合うとき、たくさんの発見があります。
たとえば…。
「石に神様の神、井戸の井で石神井と読むんだ」
「この方は難しいほうの澤を使っているんだ。覚えておこう」
などなど。これも、スクリーンリーダーのおかげだと思っています。
画面に現われている漢字の形を見ることはできません。でも、その意味からどの漢字を使うのが適切なのか知ることはできます。
私の場合はインターネットのサイトを見ながら、あるいはメールのやりとりをしながら学習していきました。
そして、実際に文章を作成するときに、耳からの漢字学習が大いに役立っています。
その意味で、目が見えない私でも「漢字を知っている」といえるのではないでしょうか。
第8回 耳で判る調理の手がかり
自炊を始めて半年あまり経ちました。カレーや煮込み料理、野菜炒めに魚のカバヤキなどいろいろチャレンジしています。
調理をするとき、耳からの情報がとても役立つことがあります。今回は料理を作る際、手がかりとなる音について書いてみます。
包丁の音・・・「ストン」なら真直ぐ切れています。「ギシュッ」というような音なら斜めに切っているので切りなおし。
フライパンやオーブンの音(暖めているとき)・・・暖まってくると「カチンカチンカチン…」という音に混じって速く「チッチッチッチッ…」という、金属的な音が聞こえます。この音がしだいに強く速くなってきたら、油やお菓子の材料を入れる準備を始めます。
炒める音・・・「シャーッ」と気持ちのよい音なら成功。「パチパチ」と聞こえてきたら焦げはじめているので要注意。また野菜炒めでは、炒める音が弱まってくる音を聞いてそろそろ火から下ろしてよいという合図にしています。(水気が飛んで十分炒められたことが判ります。)
鍋の音(煮物)・・・「ブクブク」とあぶくの立つような音がすれば煮立ちすぎているので、火を弱める。またカレーを煮ているとき、「ジュブジュブ…」という音が始まったらアクを出すようにしています。
フライパンの音(焼き魚)・・・魚をひっくり返すタイミングは難しいです。野菜炒めのときと同じように、「パチパチ」という音がしないように(焦げないよう)動かして様子を見るしかないようです。
卵の音(ゆで卵)・・・「ゴロン、ゴロン」と鍋の中で卵が盛んに動く音で、火から下ろして水で冷やす合図にしています。ちなみに、ゆでている最中に「コンッコココン」と卵が跳ねることもあるので、聞いていて飽きないです。
フライパンを焼く音(後片付けのとき)・・・水を飛ばしている場合、「ジューッ」という音が完全に消えれば火を止めます。冷めるのを待って後片付けを終えます。
耳に入ってくる手がかりを頼りに、いろいろな調理を楽しんでいます。ここに挙げたものはその一例です。もっと料理が上達すれば、新たに追加するかもしれません。
もちろん、調理では嗅覚や触覚もフルに活用しています。特に触覚については、またいつか書いてみようと思います。
第9回 自然の音楽
川の音というのは不思議なものです。
ゴーゴーと激しく流れる音。岩の間をコポコポと音を立てて流れる水尾と。
川の中ほどでは、ザーザーと大きな音が聞こえます。
それぞれの場所によって、川の音は微妙に変っています。
そして、実は同じ場所でもいろいろな音が聞こえてくることに気づきました。
たとえば、小さな岩の間を流れる水音に耳を傾けてみます。
チョロチョロと聞こえます。よくよく聞いてみると、同じ高さで鳴っていないことがわかります。
水が水に当たって「ゴボッ」と鳴る瞬間。
岩に跳ね返った水が「ポチャン」と鳴る一瞬。
同じ場所に1分いるだけでも、実は音の変化を聞いているんですね。
雨の音も同じです。
一つ部一部の雨は、それぞれ違う音を発しています。
屋根に落ちると「トン、とん」と聞こえます。
トヨに入った雨は、響きを立てながら下に落ちていきます。
そして、地面に落ちる雨は「パラパラ」と乾いた音を出しています。
川のせせらぎも雨音も、じっと聞いているといろいろな表情を見せてくれます。
それは飽きることのない、様々に変化する「音楽」に聞こえます。
河原に座ったとき、また梅雨のこの時期に窓から雨音を聞くとき、ちょっと耳を澄ましてみて下さい。
止むことのない自然の音楽が聞こえてくることでしょう。
第10回 音楽に映像がついてくる
CDでもラジオでも、音楽を聴くとかならずイメージが湧いてきます。これは極最近気づきました。
たとえば、CDでクラシック曲を聴きます。すると、コンサートホールにいる自分を想像します。
今はステレオ技術が発達していますね。イヤフォンをすると、左耳からバイオリン、右耳からトロンボーンンの音が聴こえます。
コンサート会場に座って、左正面からバイオリン、右正面からトロンボーンの音が聴こえてくるような感覚になるのです。
テレビでロックのライブ映像を見ているとき。
「ワーーッ」という歓声を聞くだけで、ライブ会場にいるような気持ちになります。左右のスピーカーに振り分けられたギターやドラムの音を、生で聴いているところがイメージされます。
「効果音が教えてくれる?」のコラムでも少し触れましたが、私はRPGの効果音が好きでした。同時にゲーム音楽にも興味をもっていました。
目に見える友人がRPGをプレイしている横で、私はじっと音楽に聴き入っています。冒険もののゲームでは、場所ごとにテーマ曲が決まっています。
町の曲、村の曲、戦闘場面に流れる曲。場面が変わるとかならず音楽も変わります。
どの曲がどの場面に流れるか教えてもらうと、曲が変わるごとに私のイメージも変わります。
迷宮の曲が流れ始めると、暗い部屋にいます。曲がりくねった廊下、あちこちに立つ柱。
町での曲が鳴っているとき、お店がたくさん並んだ町が思い浮かびます。古い建物を想像するのは、実際に行ったことのある宿場町を参考にしているからでしょう。
音楽には作曲者の意図が込められているといいます。題名のない曲でも、こんな情景を想像しながら聴いてほしい、という思いはあるはずです。
そのことを意識しながら聴いていると、私なりにイメージが湧いてくるのです。
最近はインストゥルメンタル(歌が入っていない)をよく聴きます。 一人でCDを買って帰り、各曲のタイトルを知らないまま聴き始めることが多いです。だから、余計そのように意識して聴くのかもしれません。
第11回 音源が命
「音を聞いただけでどうして目の前の状況が判るの?」
こんな風に聞かれたことがあります。いろいろな場面でそのように尋ねられたものです。
帰省中のこと。朝起きて居間にいくと、バサリとかさばった音がします。新聞の紙面をめくっている音だと判ります。「おはよう」と挨拶したあと、「今読んでるのはどんな記事?」などと家族に聞きます。
ときどき私はものを落とします。机の上から郵便物に混じっていた公告の紙が落ちる。読んでいた点字本が落ちる。落ちるとき、公告のようにぺらぺらした薄い紙はピランという音を出す。点字用の紙は分厚いのですが、それが床に落ちるとドサッという重い音を出
す。その音の違いから何がどこに落ちたのか把握することができるのです。
テレビ中継でどこかの花火大会を観ていたときのこと。「パッ、シャラシャラシャラ…」という音が聞こえてきます。「パッ」は打ち上げられた球が割れるときの音。「シャラシャラシャラ」は、球の中から小さな火の子が飛び出して広がりながら落ちていく音。きっと色とりどりの花が綺麗に舞っていることでしょう。そのうち、「ババババー…」という低い音が響いてくる。花々が消えながら火薬が燃え尽きるときの音なのかもしれません。
ごく幼いときからさまざまな音を聞いて育ってきました。「これは新不文氏の音」「今花火の球が割れたときの音」とまわりの人にそのつど教えられてきました。それを一つ一つ覚えることで、どんな状況でどんな音が聞こえるか判るようになっていったのです。
何度か自己紹介してもらうと、その人の声の特徴とと名前を結び付けます。それで、ほとんど名前を間違わずにその人に呼びかけることができます。
また、クラシックコンサートに行ったときには、たくさん聞こえている楽器の中から「今どの楽器がステージのどこで鳴っている」と判ります。ときにはティンパニーの音だけ取り出してその響きを楽しむこともします。
そのようにされている目の見える方もいらっしゃるかもしれませんね。
第12回 雨から雪に変わるとき
雪の音を聞いていると、私はとても不思議な気持ちになります。
冬の寒い時期、雨から雪に変わることがよくあります。パラパラという音がしだいにバラバラという硬い音に変わっていきます。雨が凍って小さな氷の粒に変化するからでしょう。やがて、サラサラと聞こえてきます。雨の音から雪の音に変化するまで10分たらず。傘を持って歩いてみてわかったことです。
川のせせらぎでも波の音でも、長い時間聞いていてもそれほど変化はしないものです。それなのに、雨が雪に変わる時間の早いこと!それを聴覚で捉えられることに感動を覚えます。
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